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盛岡地方裁判所 昭和33年(行)19号 判決

原告 米内福蔵

被告 岩手県知事

訴訟代理人 千田善蔵

主文

原告の請求はいずれもこれを棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、被告が昭和二三年八月一日付岩手と第五、七四五号買収令書をもつて別紙目録記載の土地についてなした買収処分、および被告が昭和二四年四月一日付各売渡通知書をもつて右土地のうち九畝四歩を訴外森孫蔵、一反歩を訴外添田兼吉にそれぞれ売渡した売渡処分はいずれも無効であることを確認する。訴訟費用は被告の負担とする。との判決を求め、

その請求原因として、

一、別紙目録記載の土地は原告の所有であるところ、旧大川目村農地委員会は、昭和二三年五月二四日、右土地について、原告を被買収者として、自作農創設特別措置法(以下旧自創法と略称する)第三条第一項第二号による第七期買収計画を樹立し、同月二五日これを公告し、同日から一〇日間右買収計画書類を縦覧に供した、原告は、同年六月三日右買収計画に対する異議を申し立てたが、同月二〇日右異議申立を取下げた。被告は、所定の承認手続を経た上、同年八月一日、右買収計画に基いて、右土地について、岩手と第五、七四五号原告宛買収令書を発行して買収処分をなした。

また岩手県農地委員会は、旧大川目村農地委員会の権限を代行して昭和二四年五月二六日前記土地のうち九畝四歩について、訴外森孫蔵、一反歩について同添田兼吉をそれぞれ相手方とする売渡計画を樹立し、同日これを公告し、同日から一〇日間右売渡計画書類を縦覧に供した。原告は、同年六月四日、右売渡計画に対する異議を申立てたが、同年七月月二日棄却された。被告は、所定の承認手続を経た上、同月右売渡計画に基いて、昭和二四年四月一日付各売渡通知書を発行し、その頃右訴外人両名にこれを交付して売渡処分をなした。

二、前記買収処分および各売渡処分には次のような瑕疵がある。

(1)  買収処分について

(イ)  前記土地は、旧自創法第六条の二第一項掲記の基準時の昭和二〇年一一月二三日おいて原告の自作地であつたにもかかわらず、これを小作地として買収手続をした。

(ロ)  仮りに右基準時において小作地であつたとしても、前記買収計画は前同法第六条の二第一項の規定による小作人の遡及買収計画樹立の請求がないにもかかわらず樹立されたものである。

(ハ)  被告は、前記買収令書をまだ原告に交付していないし、また令書の交付に代わる公告もしていない。

(二) 旧大川目村農地委員会は昭和二六年七月一六日、前記買収計画を取消す旨の決議をしたから、前記買収処分は買収計画なしにされたものとなる。

以上の瑕疵はいずれも重大かつ明白であるから、右買収計画も買収処分も当然に無効である。

(2)  売渡処分について

(イ)  前記各売渡処分は、前記のような瑕疵がある買収処分を前提としてなされたものである。

(ロ)  前記売渡計画は旧自創法第一七条の規定による小作人の買受申込がないにもかかわらず樹立されたものである。

(ハ)  旧大川目村農地委員会は、昭和二六年七月一六日、前記土地についての売渡計画を取消す旨の決議をしたから前記各売渡処分は売渡計画なしになされたものとなる。

以上の瑕疵は、いずれも重大かつ明白であるから、前記売渡計画は各売渡処分も当然に無効である。

三、よつて、前記買収処分および各売渡処分の無効確認を求める。

四、被告の主張事実中、もと訴外森孫蔵が前記土地のうち九畝四歩、および同添田兼吉がその余の一反歩をそれぞれ小作していたことは認めるが、その余の事実は否認する

右訴外人らとの各小作契約は、昭和二〇年一一月二一日、原告と同人らとの間でそれぞれ合意解約され、以後、右土地は原告が耕作していた。

と述べ、立証〈省略〉

被告指定代理人は、主文同旨の判決を求め、

答弁として、

一、原告の請求原因事実中、別紙目録記載の土地がもと原告の所有であつたこと、右土地について、原告主張の日時、旧大川目村農地委員会が、原告を被買収者として旧自創法第三条第一項第二号による買収計画を樹立し、これに対する公告、縦覧、原告の異議申立取下等の手続経過を経たこと、被告が所定の承認手続を経た上、原告主張の日時、右買収計画に基いて岩手と第五、七四五号原告宛買収令書を発行したこと、岩手県農地委員会が原告主張の日時旧大川目村農地委員会の権限を代行し、右土地のうち九畝四歩および一反歩について原告主張のように訴外森孫蔵および同添田兼吉をそれぞれ相手方として売渡計画を樹立し、これに対する公告縦覧および原告の異議申立等の手続経過を経たこと、被告が所定の承認手続を経た上原告主張の日時右売渡計画に基いて売渡通知書を発行、交付して売渡処分をなしたこと、原告主張の日時旧大川目村農地委員会が前記買収計画および前記土地についての売渡計画を取消す旨の決議をしたことは認めるが、その余の事実は否認する。

二(1)  原告主張の土地は、昭和二〇年一一月二三日現在において小作地であつた。すなわち、訴外森孫蔵は、従前から、右土地のうち九畝四歩、同添田兼吉も前同様その余の一反歩を原告からそれぞれ借受けて耕作していたものであつて、基準日においても右同人らが小作していた。

(2)  前記買収計画はその頃右訴外人らの請求によつて樹立されたものである。

(3)  前記買収令書は、昭和二三年九月八日原告に交付されている。

(4)  前記売渡計画も前記森孫蔵および添田兼吉の各小作部分についての買受申込によつて樹立されたものである。

なお各売渡通知書は昭和二四年七月発行されたのであり、同月一〇日右森らに交付されている。

(5)  旧大川目村農地委員会のなした前記買収計画および売渡計画の取消の決議は、いずれも同委員会の正当な権限によるものではなく、かつ公告の手続を経ていないからその効力を生じていない。

と述べた。

立証〈省略〉

理由

別紙目録記載の土地がもと原告の所有であつたこと、訴外森孫蔵および同添田兼吉がもと、右土地のうち九畝四歩および一反歩をそれぞれ小作していたこと、右土地について、原告主張の日時、旧大川目村農地委員会が原告を被買収者として旧自創法第三条第一項第二号による買収計画を樹立し、これに対する公告縦覧、原告の異議申立等の手続経過を経たこと、被告が、所定の承認手続を経た上、原告主張の日時、右買収計画に基いて岩手と第五、七四五号原告宛買収令書を発行したこと、岩手県農地委員会が原告主張の日時旧大川目村農地委員会の権限を代行し、右土地のうち九畝四歩および一反歩について、訴外森孫蔵および同添田兼吉をそれぞれ相手方として売渡計画を樹立し、これに対する公告縦覧および原告の異議申立等の手続経過を経たこと、被告が所定の承認手続を経た上原告主張の日時右売渡計画に基いて売渡通知書を発行、交付したこと、原告主張の日時旧大川目村農地委員会が、右買収計画および右土地についての売渡計画を取消す旨の決議をしたことは当事者間に争いがない。

一、まず原告は本件土地が、昭和二〇年一一月二三日現在において自作地であると主張するのでこの点について判断する。

(1)  成立に争いのない甲第三号証第九号証の一、二、三によれば、昭和二〇年一一月二一日、原告が、右土地のうち九畝四歩および一反歩を従来からそれぞれ小作していた訴外森孫蔵および同添田兼吉とその小作契約を合意解約し、その後昭和二三年五月頃まで原告が右土地を耕作していたことが認められ、右認定に反する乙第一ないし第五号証別件各証人調書記載の証言部分および証人村田文一の証言部分は措信しないし、他に右認定を左右する証拠はない。

そうだとすれば本件買収処分は基準時現在原告所有の自作地を小作地と誤認してなされたものといわなければならない。

(2)  しかし、自作地を小作地と誤認した買収処分も直ちに重大かつ明白な瑕疵があるものとはいえないので、この点について按ずることとする。

成立に争いのない甲第二号証の一、二、甲第四、第五、第一〇号証、乙第一ないし第五号証および証人村田文一の証言を総合すると、前示合意契約が成立したのは基準日の前々日であるばかりでなく、前記訴外人らがそれに釈然とせず、その後間もなく地元村農地委員会等に対し原告から強制的に取上げられたと主張して争つており、岩手県農地課の現地調査の際にもはたして合意解約が成立したのかどうか判定困難な状況にあり昭和二三年三月三〇日の旧大川目村農地委員会においても右合意解約の成否について委員の意見が四対三と対立し当時明らかに自作地と判定できるようなものでなかつたことなどが認められ、右認定を左右するに足る証拠がない。

右のような事情に照らせば、本件買収処分において自作地を小作地と誤つて認定したことは、重大であるが、明白な瑕疵があるものということはできない。

この点の原告の主張は失当である。

二、次に、原告は、本件買収計画は、小作人からの請求がないのに樹立されたものであり違法であると主張するので、この点について判断するに、前記甲第二号証の一、二、甲第四、第五号証証人村田文一の証言によれば、前記訴外人らがその小作土地を原告から強制的に取上げられたと主張しており、本件買収計画樹立に際し旧大川目村農地委員会に対し旧自創法第六条の二第一項の規定による遡及買収計画を定めることの請求をしたことが認められる。右請求は必ずしも書面によることを要しないから、甲第八号証によつても右認定を左右するに足らない。他に右認定を左右するに足る証拠がない。

この点の原告の主張も失当である。

三、原告は本件買収令書が原告に交付されていないと主張するが、証人村田文一の証言によれば、本件買収令書が原告に交付されたことが認められ、右認定に反する証拠がないから、この主張もまた失当である。

四、原告は、旧大川目村農地委員会が昭和二六年七月一六日、本件買収計画を取消す旨の決議をしたから本件買収処分が買収計画なしになされたものとなると主張するのでこの点について按ずる。

前記当事者間に争いのない事実によれば、右取消の決議のなされたのは本件土地についての買収処分および売渡処分がなされた以後のことであることが明らかである。

一般的には、違法な行政処分は、右処分後でも処分庁自らこれを取消しうるのであるが、それも自ら時期的な制約があることは明らかであつて、本件のようにすでに買収処分がなされ、更に売渡処分もなされて法律秩序が形成された場合においては、もはや処分庁において買収計画を取消すことは許さるべきではないと解するのが相当である。

したがつて、右取消の決議は、その効力を生じないのであるから、右取消の決議のあつたことは、本件買収処分の効力を左右するものではなく、この点の原告の主張も失当である。

五、以上、本件買収処分は当然無効のものということができないから、本件買収処分の無効を理由とする本件売渡処分の当然無効であるとの原告の主張も失当である。

六、原告は、本件各売渡計画は適式な買受申込がないのに樹立されたから違法であると主張する。

しかし、成立に争いのない甲第二号証の一、二、乙第一号証証人村田文一の証言によれば、当時前記訴外人らが岩手県農地委員会に対し本件土地のうち同人らの小作していた田を取戻して欲しい旨を申し出で、旧自創法第一七条の規定による買受申込をしたことが認められる。

本件売渡計画は旧大川目村農地委員会が樹立したものでないから甲第八号証によつても右認定を左右するに足らない。また仮に口頭による買受申込だつたとしても、買受申込をするには申込書を提出しなければならないという旧自作農創設特別措置法施行規則第八条の規定は、農地の売渡をなす行政庁の事務運営の一応の基準を規定したにすぎないものであり、これに反して口頭の買受申込により樹立された売渡計画に基いてなされた売渡処分を当然に無効とする程の趣旨のものと解することはできないから、この点の原告の主張もまた失当である。

七、原告は、旧大川目村農地委員会は、昭和二六年七月一六日本件土地についての売渡計画を取消す旨の決議をしたから本件各売渡計画なしになされたものと主張する。

しかし、前記当事者間に争いのない事実によれば、本件各売渡処分が、岩手県農地委員会によつて樹立された売渡計画に基いてなされたものであることは明らかである。

してみれば、旧大川目村農地委員会は、岩手県農地委員会の樹立した本件名売渡計画を取消す権限を有するいわれがないから、旧大川目村農地委員会の取消決議により、本件各売渡処分の効力を左右するものでないことその余の判断を待つまでもなく明らかであり、この点の原告の主張もまた失当である。

以上のとおり、原告の請求はいずれも理由がない。

よつて、原告の請求はすべてこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 村上武 須藤貢 真田順司)

目録〈省略〉

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